ぬいぐるみ少女K(完結)

はじめから読む (作:つとむュー
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はじめから読む

第8話 君は「ケイ」と名乗った

「ケイ。私の名前はケイよ」
 ケイ?
「フルネームは堀田蛍。『蛍』と書いてケイ。私ね、自分のことホタルって呼ばれるのが死ぬほど嫌なの。今度呼んだらまた蹴るよ」

 やっぱホタルじゃねえか。
 なにがケイだよ。
 しかし不思議だ。交番で会ったホタルという女の子と目の前の女の子、えっとケイだっけ? この二人の間には共通点があり過ぎる。白猫のぬいぐるみ、蛍という名前、そして柔らかそうな頬――いったいどういうことなんだ?

「僕の名前は……尾瀬開。『尾瀬』と書いて……オセって読むんだ」
 まだお腹が苦しかったが、僕はケイを見上げながら右手を差し伸べた。
 自己紹介の握手。
 それは体を起こすのを手伝ってほしいというゼスチャーも兼ねていた。

「仕方がないわね。開君だっけ? 今度ホタルって呼んだら承知しないからね」
 渋々、右手を差し出すケイ。
「ああ、よろしく」
 僕はケイの手を握り、しゃがんだまま軽く二、三回握手をする。そして、起き上がろうと握る手に力を込めて――

「隙あり!」
「ッ!」
 僕はケイの体を引き寄せ、左手で猫のぬいぐるみに手を延ばす。

 ザマあ見ろ、ぬいぐるみはもらったぜ。

 しかし、ザマを見たのは僕の方だった。
「ぐえっ!」
 あと少しというところで再び腹部に衝撃を感じる。
 見ると、鳩尾にケイのブーツがのめり込んでいた。
「あんたバカじゃないの。どこの世界に隙ありって叫びながら攻撃する奴がいるのよ」
 僕は苦しさのあまりケイの右手を離し、再びうずくまった。

 猫のぬいぐるみを狙ったのには理由があった。
 交番の少女とケイとの間にはあまりにも共通点がある。だから、ぬいぐるみを手にしてみたいと思ったのだ。
 僕は交番の前で、あれによく似た猫のぬいぐるみを拾っている。実際に触ってみれば、あの時のぬいぐるみと同じかどうか分かるかもしれない。

 というか、本当はケイに仕返ししてやりたかったんだけど。
 蹴られたままでは僕の気持ちが収まらない。
 しかしどうだろう、このザマは。女の子相手に情けない。


 >つづく

第9話 君は「泥棒」と言った

「あんた泥棒ね」
 蹴られた腹を抱えてうずくまる僕を見下すケイ。
「人のものを盗ろうとした罰よ。そこでうずくまってなさい」

 チクショウめ。
 こうなったら口で勝負するしかない。
 彼女もなかなか手強そうだが負けるもんか。

 僕はケイを見上げながら、不敵な笑みを浮かべた。
「無駄に叫んだと思ってるのか? 僕は見たぞ。『隙あり』と叫んだ時、君がぬいぐるみを左手でしっかりと抱きしめたのを」

 するとケイは顔を引きつらせながら、猫のぬいぐるみを体に引き寄せる。
 それは、絶対に手放してなるものかと言わんばかりに。

「ほら、今もそうだ。『隙あり』という僕の言葉に、君は無意識のうちに一番大切なものを守ったんだよ。それがどういうことだかわかるか?」
「……ッ」
 ケイが身構える。
「それはつまり、そのぬいぐるみが君の弱点ということだ!」

 完璧な理論。
 でも、論理の展開がなんか変な方向に行っちまったけど。
 自分で言っておきながら、ぬいぐるみが弱点とはどういうことなんだよ?

 すると、ケイはすかさず言い返す。
「ふん。それがわかったところでどうなるのよ。エレベーターが動いたら警察を呼ぶわよ」

 えっ、まさかのビンゴ? 
 ホントにぬいぐるみが弱点ってこと?

 僕は驚きながら反論する。
「警察が来ると困るのはケイの方じゃないのか? 僕は一方的に蹴られてるだけだからね。防犯カメラがそれを証明してくれると思うけど」
 そう言って僕はエレベーターのスイッチ類の上を見る。
 そこにあるのは大きめの黒いプラスチックのパネル。あの奥に防犯カメラがあって、エレベーター内の様子が撮影されているはずだ。


 >つづく

第10話 君は「くっ……」と悔しがった

「くっ……」
 ケイは防犯カメラの方をちらりと見ると、観念したように僕の方を向く。形勢逆転だ。

「よっこらしょっと」
 僕がゆっくり立ち上がると、ケイは恐る恐る口を開いた。
「どうしようというの?」
「どうもしないよ。さっきも言っただろ。エレベーターの中の様子は記録されてるんだ。君に手を出したりしたら僕の方が捕まっちゃう」
「じゃあ……」
「そうだな。蹴られた分だけ僕の質問に答えてほしい」

 僕には知りたいことが沢山あった。
 ケイがホタルと呼ばれたくない理由、交番の少女との関係、そして猫のぬいぐるみの秘密。

 ケイは少し考えた後、静かにうなずいた。
「わかった……」
 僕はまた右手をケイに差し延ばす。
「挨拶のやり直しだ」
「ぬいぐるみを取ったりしないよね?」
「ああ、そんなことはしない。撮影されてるからね」
 するとケイはおどおどと右手を差し出した。

「僕は尾瀬開。針葉高校の三年生。開って呼んでほしい。よろしく」
「私はケイ。私も針高の三年よ」
 ためらいがちに僕達は握手をした。


「じゃあ、最初の質問」
 僕が切り出すと、ケイがゴクリと唾を飲み込む。

「ケイはさっき、エレベーターのマイクに向かって言ってたよね、病気だって。それって大丈夫なのか?」
「……」
 僕が尋ねると、ケイは黙り込んでしまった。
「いや、あの、初対面の人にそんなことを聞くもんじゃないと思うけど、ほら、今僕達ってエレベーターに閉じ込められて一種の非常事態だろ? 何かあったら対処しないといけないのは僕じゃん。だから最初に聞いておこうと思って……」
 するとケイは少し考えた後、意を決したように病名を僕に告げた。


 >つづく

第11話 君は「セス」を打ち明けた

「セスよ」
 うつむきながら、ケイは僕から視線を逸らせた。
 
 ――セス。

 最近、若者の中で問題になりつつある現代病だ。
 情報収集をスマートフォンに頼り過ぎて、それが無いと何もできなくなる若者が増えている。
 その中の何割かはセスを発症していると、ニュースかなにかで聞いたことがある。

「じゃあ、ケイはスマホのヘビーユーザーなんだ」
「違うわ。そもそも私、スマホなんて持ってないし。スマホに頼り過ぎの人は、ただのスマホ依存症。セスってのはね、ちゃんとした病気なの」
 病気にちゃんとしたものがあるのかどうかなんて知らないが、そんな僕をよそにケイは説明を続ける。

「正式名は、接触性外部記憶症候群。Contact External Storage Symdromeの頭文字を取ってCESS(セス)。触っているものに自分の記憶の一部が移ったと思い込んでしまう病気よ。スマホ依存症の人に同じ症状が見られるから最近話題になってるけど、本当は別の病気。セスの場合はね、スマホに限らず触っているものなら何にでも発症してしまうの」

 ケイの説明を要約すると、こんな感じだった。
 セスを発症すると、触っているものに記憶が移ったと錯覚してしまい、実際そのように振る舞ってしまう。
 例えばスマホの場合。
 軽度のセスでは、スマホに自分の記憶の一部が移っていると錯覚してしまい、スマホを忘れた時に物覚えが悪くなったように感じるという。
 普通はその程度で済んでしまうのだが、重度になるとスマホから手を離しただけで記憶喪失のような症状が出てしまい、生活に支障が出るらしい。

「私の場合はね、重度のセスなの。それに記憶が移るものはスマホじゃない」
「まさか、じゃあ、それが……」
 僕はケイが抱いているぬいぐるみに視線を移した。
「そう、そのまさか。このぬいぐるみは、私の一週間分の記憶なの」

 ぬいぐるみに記憶が!?
 いや、そんなことがあるわけがない。
 病気というのだから、そう思い込んでいるだけなのだろう。

 でもこれで、ケイがぬいぐるみを手放そうとしなかった理由が判明した。
「これでわかった? だからこのぬいぐるみを奪おうとしないで」
「ああ、わかった。ごめん、病気だって知らなかったんだよ」
「わかってくれたらいいわ。どうせ猫のぬいぐるみを抱いた変な女の子って思っていたんでしょ? だからもう私に関わらないで」

 なんだよ、可愛げがねぇなあ……。
 エレベーターに女の子と二人きりで閉じ込められたというせっかくのシチュエーションなのに、よりによってどうしてこんな奴なんだよ。
 まあ、ぬいぐるみを抱いている時点で変な奴だとは思っていたけど。

「じゃあ、もう一つ聞かせてくれよ」
「なに? 手短にね」
 ケイは少し警戒を解いた目で僕を見た。

 >つづく

第12話 僕は「一週間分の記憶」について訊いた

「さっき、ケイは『一週間分の記憶』って言ってたよな。それってどういう意味なんだ?」
「ああ、そのことね」
 ケイは面倒くさそうに説明を続ける。

「私の場合はね、困ったことに、記憶が移ってしまうものが一週間くらいで変わってしまう」
 えっ、それってどういうこと?
「先週はこのキャスケット、その前の週は髪留めだった。そんな風に、その時に触れているものに記憶が移っちゃう。一週間ごとにね」

 そりゃ、面倒くさそうだ。
 ざまあみろ、じゃなかった、一応同情しておいてやるぜ。

「でもそれって、記憶が移動する物が一週間ごとに変わるって話だろ? それでその時触っているものに記憶が移ってしまう。だったら『一週間分の記憶』ってのはちょっと違うような気がするんだけど」
「それはね……」
 ケイは深くため息をついた。

「例えばね、このぬいぐるみを無くしたとする。そしたら今週分の記憶が無くなっちゃうのよ」

 と言われても、まだよくわかんないんだけど……。
「なんかまだわからないって顔してるね。いい? 順番に説明するよ」
「頼むよ」

「まず、このぬいぐるみを無くしたとする。すると、そのとたん私は記憶を無くしてしまう。重度のセスなんだから、それはわかるよね」
「ああ」
 まあ、そういう風に思い込むという病気なんだから、そうなっちゃうんだろう。
「それでね、ぬいぐるみがそのまま見つからない場合なんだけど、私がはっと気が付くと翌週になっちゃってて、その時にはもう別の物に記憶は移ってる。正確には、別の物に記憶が移ってくれたから意識を取り戻すことができたって感じなんだけど。そうなっちゃうと、前の週のことをいくら思い出そうとしても全く思い出すことができないのよ」
 ふーん、それは難儀だな。
「だから、このぬいぐるみの中には私の今週の記憶が収められている。私にとってはそんな感覚なの」

 膨れたケイの顔からは、僕に対する敵意が薄れているような気がした。


 >つづく

第13話 僕は「記憶の在り処」について訊いた

「なんとなくわかったような気がするよ」
 僕がそう言うと、ケイは安堵の表情を浮かべた。

「ところで、別の物に記憶が移ったのって、どうやったらわかるんだい?」

 ケイの記憶が一週間ごとに別の物に移る、というのは、なんとなくわかった。
 もし記憶が移るものが変わらなければ、ずっと記憶を失ったままってことだからな。一種の自己防衛機能なんだろう。
 でも記憶が移った物が何なのかわからなければ、その防衛機能も意味がない。

「これよ」
 ケイがぬいぐるみの額を見ながら言う。
「ほら、この猫の額にあるでしょ。渦巻紋様」
 まさか、あの渦巻紋様が記憶のある場所を示すインジケーターなのか!?
「これが記憶の在り処を示す紋様なの。医学的には説明できないことらしいんだけど、この紋様のおかげで助かってるわ」

 そりゃ医学では説明できないだろう。
 記憶が移ったと思い込むことは医学的にも説明できそうだが、記憶が移ったものに紋様が表示される能力があるなんて聞いたことがない。

「ちょうど一週間前だったわ。近くのお店でこのぬいぐるみを見かけて、可愛かったからつい手にしちゃったんだけど、そのとたん、猫の額にこの紋様が浮かび上がった。記憶がぬいぐるみに移った証拠よ。あちゃー、やっちゃったって感じ。仕方が無いから買ったわ」
 その猫のぬいぐるみ、最初から赤の渦巻紋様があったわけじゃなかったのか……。
「よりによって純白のぬいぐるみとはね。最悪だわ」

 純白だと困ることでもあるのか? 
 まあ、黒ずくめの恰好に似合わないことは明らかだけど。

「私、なんで黒色のものばかり身に着けているかわかる?」
 ケイは、少し意地悪そうな表情を見せる。

 そういう言い方をするということは、ファッションで黒ずくめにしているってことじゃないんだな。

「記憶が移る時ってどれに移るかわからないでしょ? それで記憶が移ったものは一週間身に着けてなくちゃいけない。だから、汚れが目立たないように黒ばかり身に着けているのよ」
「それは大変だな」
「そうよ。以前、靴下に記憶が移ったことがあった。あの時は最悪だったわ。一週間、誰にも会いたくなかった……」
 うーん、確かに。一週間目は最悪だろう。お近づきにはなりたくない。
「それに比べて髪留めとか眼鏡の場合は楽なの。ずっと触れていられるし、手で持って拭いたりできるし」
 間違って机に置いたりすると最悪だけどな。
「でも渦巻紋様が表示されるんだろ? 眼鏡のレンズに渦巻紋様が現れたらどうするんだよ」
 それはコメディだ。ちょっと見てみたい気もするけど。


 >つづく

第14話 君は「伊達だから」と言った

「大丈夫よ。これって伊達だから」
 そう言いながらケイは眼鏡に指を通して、レンズが入っていないことをアピールする。
 最初はつんとしていたケイだったが、本当は面白い奴かもしれない。

「はははは、本当だ。ケイは目がいいの?」
「バッチリよ、両目とも二・〇はあるわ」
 詐欺だ。これは眼鏡っ子に対する冒涜だ。
「なによ、その不可解だって言いたげな表情は。悪かったわね、伊達で」
 膨れたケイの顔を見て、僕はさらに可笑しくなった。

 ケイがやっと、表情を崩してくれた。
 最初、蹴られた時はどうなるかと思ったが、これで狭いエレベーターの中でもなんとか二人で過ごせそうだ。

 それにしても、世の中不思議な病気があるもんだ。
 記憶が触った物に移ってしまうなんて。
 そして、その物は一週間ごとにコロコロと変わってしまうとは。

「でも、一週間分の記憶が無くなっても、ケイが死んじゃうわけじゃないんだろ?」 
 何気なく言った僕の言葉に、ケイは再び表情を硬くする。
「開君。あんた、これだけ話しても、私の苦労をちっともわかろうとしてくれないのね」

 あちゃー、やっちまった。
 一言多かったか……。

「開君だって同じ高三よね。受験勉強はどうすんのよ。さっき塾で習ったことはどうなるのよ。記憶を無くしたら一週間分の勉強が無駄になるのよ」
 そりゃ嫌だな。
 受験本番を数ヶ月後にひかえたこの時期に、一週間分の記憶を無くすということは致命的だ。
「それに……」
 ケイの言葉のトーンが変わった。彼女の様子を見ると、少しうつむき加減で照れている。

「今週の記憶はね、特に無くしたくないの……」

 きっと、何かいいことがあったんだな。
 僕の直感は、それが異性がらみであることを示していた。


 >つづく
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