「一年くらい前のことだったの」
 
 一年前と言えば、僕達はまだ高校二年生だ。
 あの頃は、もうすぐ自分達も三年生になって受験勉強をするんだなって、憂鬱な冬を迎えていた。
 まあ、実際に受験生になれってみれば、やるしかないんだからすぐに開き直っちゃったけど。

「お気に入りの鉛筆があってね、それを使うといつも模試でいい成績が取れたの」
 まあ、そういうことってあるよな。
「ある日、模試にその鉛筆を忘れて行っちゃったの。私、すっかり動揺しちゃって、成績も散々だった」
 それは災難だ。
「その日以来、私は自分に暗示をかけるようになったの。この鉛筆さえ持っていれば大丈夫。この鉛筆に勉強した成果が全部詰まっているんだって」
 
 成功したい時、人間は自分自身に暗示をかける。
 自分はできるんだって。
 ケイの場合、その鉛筆がきっかけだったんだ。

「しかし、鉛筆は使っていれば短くなってしまう。私、焦ったわ。この鉛筆が使えなくなる前に、なにか他の物を見つけなくちゃって」

 そこにケイの不運があったのか。
 彼女も必死だったのだろう。
 受験勉強の焦りから、変な方向に思いつめてしまったんだ。

「まず消しゴムで試した。『この消しゴムがあれば大丈夫』と毎日呪文を唱えたわ。その成果もあって、成績は安定した。でもやがて、その消しゴムも使えなくなってしまう……」

 文房具には寿命がある。
 それに暗示をかけるのは、危険なことだった。

「ついには、自分の記憶が何か詰まっていると思わないといけなくなっちゃったの。そのうち使えなくなってしまうという強迫観念に怯えながら」

 だから、一週間で記憶の在り処を強制的に変えてしまうようになったのか。
 それは一種の自己防衛だったのだ。

「本当は受験勉強なんてやりたくない。塾だって行きたくないの……」

 ケイはぽろぽろと涙をこぼし始める。
 僕はそっとケイに寄り添いながら、駅までの道を歩いた。


 >つづく