「綺麗……」
 戻ってきた、ケイが。
 まるで、何事もなかったかのように、夜景を眺めている。
 その様子は、止まっていた時計が再び動き出したようだった。

 そうか、ケイは自分がホタルになってしまったことに、全く気付いていないんだ。

 それも可哀想だと思った。
 ホタルになっていた先ほどの数分間は、ケイにとっては記憶を無くしたのと同じことなんだ。
 いや、記憶を無くしたことすら気付くことはない。

「どうしたの?」
 僕の異変に気付いたケイが、こちらを向く。
 おどおどしていたホタルとは、全くの別人だ。

「大丈夫? お腹、痛いの?」
 呆然とケイを見つめる僕を、彼女は心配してくれる。
 蹴り癖が治れば、本当はいい子なのかもしれない。
「お腹は、大丈夫なんだ……けど……」
「けど?」

 ――彼女は僕のことを覚えているのだろうか?

 先ほどのホタルの言葉はショックだった。
 おんぶをしてあげて、手をつないでクリスマスイルミネーションを一緒に見たというのに、何も覚えていなかった。
 彼女にしてあげたことはすべて、すぐにリセットされてしまうのだ。

 それでは、今僕の隣にいるケイはどうだろう?
 僕のことを、覚えてくれているのだろうか?
 お腹のことを心配してくれているから、覚えているような気もするけど。

『僕が誰だかわかる?』
 
 ケイに訊いてみたい。
 でも、また『あなたは、誰?』と言われたら、僕はもう立ち直れないかもしれない。
 僕はただ、ケイの顔を見つめるしかなかった。

「変なの、開くんって……」
 そう言って、ケイは再び夜景に目を向ける。

 ――ケイが僕の名前を呼んでくれた。

 震えるような喜びが込み上げてくる。
 こんなに些細なことなのに、なんて素敵なことなんだろう。
 懐かしい女の子に再び会えた。そんな感覚に僕は嬉しくなり、つい目頭が熱くなった。

「ケイ、ほら、あれを見て」
 だから僕は照れ隠しに、ライトアップされている遠くのタワーを指さした。

 >つづく