「大丈夫よ。これって伊達だから」
 そう言いながらケイは眼鏡に指を通して、レンズが入っていないことをアピールする。
 最初はつんとしていたケイだったが、本当は面白い奴かもしれない。

「はははは、本当だ。ケイは目がいいの?」
「バッチリよ、両目とも二・〇はあるわ」
 詐欺だ。これは眼鏡っ子に対する冒涜だ。
「なによ、その不可解だって言いたげな表情は。悪かったわね、伊達で」
 膨れたケイの顔を見て、僕はさらに可笑しくなった。

 ケイがやっと、表情を崩してくれた。
 最初、蹴られた時はどうなるかと思ったが、これで狭いエレベーターの中でもなんとか二人で過ごせそうだ。

 それにしても、世の中不思議な病気があるもんだ。
 記憶が触った物に移ってしまうなんて。
 そして、その物は一週間ごとにコロコロと変わってしまうとは。

「でも、一週間分の記憶が無くなっても、ケイが死んじゃうわけじゃないんだろ?」 
 何気なく言った僕の言葉に、ケイは再び表情を硬くする。
「開君。あんた、これだけ話しても、私の苦労をちっともわかろうとしてくれないのね」

 あちゃー、やっちまった。
 一言多かったか……。

「開君だって同じ高三よね。受験勉強はどうすんのよ。さっき塾で習ったことはどうなるのよ。記憶を無くしたら一週間分の勉強が無駄になるのよ」
 そりゃ嫌だな。
 受験本番を数ヶ月後にひかえたこの時期に、一週間分の記憶を無くすということは致命的だ。
「それに……」
 ケイの言葉のトーンが変わった。彼女の様子を見ると、少しうつむき加減で照れている。

「今週の記憶はね、特に無くしたくないの……」

 きっと、何かいいことがあったんだな。
 僕の直感は、それが異性がらみであることを示していた。


 >つづく