「セスよ」
 うつむきながら、ケイは僕から視線を逸らせた。
 
 ――セス。

 最近、若者の中で問題になりつつある現代病だ。
 情報収集をスマートフォンに頼り過ぎて、それが無いと何もできなくなる若者が増えている。
 その中の何割かはセスを発症していると、ニュースかなにかで聞いたことがある。

「じゃあ、ケイはスマホのヘビーユーザーなんだ」
「違うわ。そもそも私、スマホなんて持ってないし。スマホに頼り過ぎの人は、ただのスマホ依存症。セスってのはね、ちゃんとした病気なの」
 病気にちゃんとしたものがあるのかどうかなんて知らないが、そんな僕をよそにケイは説明を続ける。

「正式名は、接触性外部記憶症候群。Contact External Storage Symdromeの頭文字を取ってCESS(セス)。触っているものに自分の記憶の一部が移ったと思い込んでしまう病気よ。スマホ依存症の人に同じ症状が見られるから最近話題になってるけど、本当は別の病気。セスの場合はね、スマホに限らず触っているものなら何にでも発症してしまうの」

 ケイの説明を要約すると、こんな感じだった。
 セスを発症すると、触っているものに記憶が移ったと錯覚してしまい、実際そのように振る舞ってしまう。
 例えばスマホの場合。
 軽度のセスでは、スマホに自分の記憶の一部が移っていると錯覚してしまい、スマホを忘れた時に物覚えが悪くなったように感じるという。
 普通はその程度で済んでしまうのだが、重度になるとスマホから手を離しただけで記憶喪失のような症状が出てしまい、生活に支障が出るらしい。

「私の場合はね、重度のセスなの。それに記憶が移るものはスマホじゃない」
「まさか、じゃあ、それが……」
 僕はケイが抱いているぬいぐるみに視線を移した。
「そう、そのまさか。このぬいぐるみは、私の一週間分の記憶なの」

 ぬいぐるみに記憶が!?
 いや、そんなことがあるわけがない。
 病気というのだから、そう思い込んでいるだけなのだろう。

 でもこれで、ケイがぬいぐるみを手放そうとしなかった理由が判明した。
「これでわかった? だからこのぬいぐるみを奪おうとしないで」
「ああ、わかった。ごめん、病気だって知らなかったんだよ」
「わかってくれたらいいわ。どうせ猫のぬいぐるみを抱いた変な女の子って思っていたんでしょ? だからもう私に関わらないで」

 なんだよ、可愛げがねぇなあ……。
 エレベーターに女の子と二人きりで閉じ込められたというせっかくのシチュエーションなのに、よりによってどうしてこんな奴なんだよ。
 まあ、ぬいぐるみを抱いている時点で変な奴だとは思っていたけど。

「じゃあ、もう一つ聞かせてくれよ」
「なに? 手短にね」
 ケイは少し警戒を解いた目で僕を見た。

 >つづく