「ちょっと」
 突然、女の子に声をかけられ、僕ははっと我に返る。
「なによ、人のぬいぐるみをジロジロ見て。なんか文句あんの?」
 僕はエレベーターの中で、黒ずくめの女の子に睨まれていた。

 そうだ、エレベーターに乗っている時に地震があって、僕達は閉じ込められているんじゃないか。

 しかし、目の前の女の子は交番で見た女の子によく似てる。
 キャスケットで髪はよく見えないが、柔らかそうな頬は瓜二つだ。交番の女の子は眼鏡を掛けていなかったが、目の前の女の子が黒縁眼鏡を外したら案外そっくりかもしれない。

「なに? 今度は私の顔をジロジロ見て。喧嘩でも売ってるつもり?」
 でもこの口調はなんだ? 交番の女の子とは完全に別人だぞ。
 まあ、ダメで元々だ。
 僕は思い切って、目の前の女の子に名前を訊いてみることにした。

「間違ってたら申し訳ないんだけど、君の名前は、もしかしてホタル……さん?」
 すると女の子の顔がみるみる険しくなる。

 やべぇ、間違ってたか? 
 でも反応したってことは、あながち間違いじゃなかったのかもしれないぞ。
 まあ、とりあえずは謝っておくか、と僕が口を開こうとしたとたん、
「ぐぇ。げほっ……」
 鳩尾に強い衝撃を受ける。
 見ると、女の子の蹴りが見事に腹部に決まっていた。

「二度とその名前で私を呼ばないで! あんたが誰だか知らないけど」

 僕は苦しさのあまりエレベーターの床にうずくまった。
「……なんだよ……、いきなり蹴ることは……、ないじゃんかよ……」
 胃液が込み上げてくる。
 僕はエレベーターの壁に背を付けていたので、蹴りの威力が倍増されてしまったのだ。

「あんたが先に喧嘩を売ってきたんでしょ。なによ、もう一回蹴られたいのっ!?」
 そう言いながらファイティングポーズをとる女の子。
 ローアングルから眺める女の子の蹴りは一度は味わってみたいシチュエーションだったが、今は苦しさのあまりそれどころではない。

 ダメだ、この女。完全にキレてやがる。

「ちょ、ちょっと待ってよ……。自己紹介もまだじゃんかよ……。じゃあ君のこと、何て呼べばいいんだよ」
 すると女の子は少し考える素振りを見せた後、僕に言い放った。


 >つづく